<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>この瞬間に・・・</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://iiech37.com/atom.xml" />
   <id>tag:iiech37.com,2012://5</id>
   <updated>2012-01-10T00:06:02Z</updated>
   <subtitle>いろんな記念日や祝日、仕事、名所、世界、宇宙までもが気になる</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.36</generator>

<entry>
   <title>忘れられた作物</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2012/01/post_16.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2012://5.319</id>
   
   <published>2012-01-09T09:33:04Z</published>
   <updated>2012-01-10T00:06:02Z</updated>
   
   <summary>「ヒョン」というアオビユは、元来はアメリカ東部の植物だったといわれていますが、世...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      「ヒョン」というアオビユは、元来はアメリカ東部の植物だったといわれていますが、世界中を放浪している植物です。


植物の分布には、風土という国境がありますが、一般のヒユは風土の差を超越しています。


近くの小さな畑に、かれこれ30年間、毎年草丈ニメートルにもなる大きなヒユが育っています。


大きなみずみずしい葉、房々とした黄金色の花穂にどことなく栽培型としての履歴を感じさせます。


このヒユも、絶やさない程度に栽培されているのです。


動物ならば放し飼いです。


この黄金色のヒユはまだはっきりと同定できないが、スギモリゲイトウではないかと見当をつけています。


橋のたもとにバス停があり、近くの庭が眺められます。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大企業の社会的責任と国民の知る権利</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/12/post_15.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.301</id>
   
   <published>2011-12-13T06:12:25Z</published>
   <updated>2011-12-14T00:06:02Z</updated>
   
   <summary>アメリカでは「情報公開法」と相前後して、政府の諮問機関(審議会)の公開を定めた「...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      アメリカでは「情報公開法」と相前後して、政府の諮問機関(審議会)の公開を定めた「連邦諮問委員会法」(73年)合議制の行政機関の公開を定めた「サン・シャイン法」(76年)によって、行政情報だけでなく、行政活動自体をも公開するようになってきています。


さて、日本国憲法は、国民の基本的人権として「表現の自由」(21条)であるとか「生存権」(25条)をかかげています。


しかし、それらはその保障に必要な情報を知る権利を当然に含み、原理的に保障しているものといわれます。


通常、この知る権利としては国政に関する情報があげられることが多いですが・・・


そのほかのものについても、当然、対象となりうるというべきで、企業情報はそうしたものの主要なものということができるでしょう。


この場合、企業が私的所有のもとにおかれていることからプライバシーということが問題にされ、「企業秘密」によって企業情報へのアプローチが妨げられがちとなります。


しかし、私企業とはいっても、大企業の場合にはそれは今日、ほかに比べるもののないほど強い社会性をもった存在となっています。


いわば&quot;社会の公器&quot;といってもよいほどのものになっていることが注目されねばなりません。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>護符と呪文</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/11/post_19.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.339</id>
   
   <published>2011-11-19T02:24:25Z</published>
   <updated>2011-11-20T00:06:03Z</updated>
   
   <summary> 中国の入山符というのは聖なる深山幽谷に入山するに際し、悪鬼・兵凶や毒虫・蛇害を...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[
中国の入山符というのは聖なる深山幽谷に入山するに際し、悪鬼・兵凶や毒虫・蛇害を避けるおまもりでした。


道教の護符は、右の道士入山符にはじまり、それがだんだん民間にひろまって一般的な貼り護符になったのは、唐の政治が崩れて後、宋の時代に入ってからでした。


中国の護符についての私の知識は甚だ貧弱で、それ以上の知ったかぶりを書く勇気はありません。


幸い専門研究家の井上紅梅氏が『支那符呪考』と題して書かれていますから、その概論の部分を次に要約してみましょう。


・・・道教信者の神に対する概念は、人間には皇帝がある。


文武の大官がある。


地方官がある。


裁判官がある。


善人がある。


悪人がある。


外敵があると同様に、天上にも種々の行政機関や階級があって、善神は人間の生前死後を支配し、天上から追放された悪神は、常に人界に入りこみ、病気・災難・凶作・兵乱等あらゆる災害をあたえるので、道士は善神にたのんでこれらの悪気・妖魔を祓い、神にかわって勅令を発し怨敵を退散させるのである・・・。


・・・こういう必要から護符が発明され呪文が付いているので、これを符呪といいます。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いの詳細は＞＞</a>


]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大きな企業のプライバシー　2</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/11/2_4.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.300</id>
   
   <published>2011-11-09T06:11:46Z</published>
   <updated>2011-11-10T00:06:03Z</updated>
   
   <summary>国政調査権との関係では、アメリカの「情報公開法」が、非公開事項が「連邦議会に情報...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      国政調査権との関係では、アメリカの「情報公開法」が、非公開事項が「連邦議会に情報を知らせない根拠となるものではない」ことを明記し・・・


日本の自由人権協会の要綱が、非公開事項が「国会の国政調査権、裁判所の司法審査権を制約するものと解されてはならない」としているところが重要です。


・・・それは、「情報公開法」が非公開事項とするものについても、国政調査権に監視機能が期待しうるということです。


それによって「行政秘密」と一体化した「企業秘密」にたいする国民の知る権利が確保しうる可能性が開けてくるからです。


「情報公開法」も例外を幅広くとれば、機密保護法的な制度になりかねない「両刃の剣」となることに注意する必要があります。


大平首相は国会答弁で、「差し支えのない公文書はどしどし公開すべきだと考えている」という趣旨のことを述べています。


しかし、大平式情報公開は公開、非公開の決定を行政機関の判断や都合で決め、「差し支えある」ものは断固非公開にするものといえるでしょう。


真の情報公開とは、当局にとって「差し支えある」文書をも国民に公開させるものでなくてはならないのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大きな企業のプライバシー</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/10/post_14.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.299</id>
   
   <published>2011-10-18T05:10:50Z</published>
   <updated>2011-10-24T23:09:07Z</updated>
   
   <summary>行政との関係において企業から集められた情報は、もはや私的な情報ではありえません。...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      行政との関係において企業から集められた情報は、もはや私的な情報ではありえません。


国民のための行政情報として、パブリック.プロパティに転化しているものといわなくてはならないでしょう。


企業情報は公文書になったという方が正確です。


・・・したがって、それが現在のようにオープンにされず、「行政秘密」化されている反面、天下り、天上りの人的パイプをつうじて、ひそかに一部の者が自己の利益のために手に入れ、利用していることが問題なのです。


一般に公開され、誰もが利用できるようになれば、問題となるところは少しもないのです。


・・・そしてこのことは、行政と企業との癒着をたち切るうえからもきわめて重要になっているのです。


現在、野党各党がそろって「情報公開法」の構想を発表していますが・・・


しかし、そのなかで日本共産党のものだけが「企業秘密」を非公開事項としてあげていないのは、注目に値するといえるでしょう。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>都市産業の時代　3</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/09/3_3.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.266</id>
   
   <published>2011-09-03T05:50:58Z</published>
   <updated>2011-09-08T23:11:09Z</updated>
   
   <summary>過半を占めると、どういうことが起こるかを、成長曲線というグラフによって示してみま...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[過半を占めると、どういうことが起こるかを、成長曲線というグラフによって示してみます。


この曲線を成長曲線と言う理由は、生物の成長がこのグラフにぴったり当てはまるからです。


例えば、人間の身長がどう増えるかを考えてみます。


大人になったときの身長を100%として、人間の身長の成長を卵子と精子が一体となった点からはじめると、最初はそんなに急に身長が伸びるわけではないところが、生まれてしばらくすると、どんどん身長が伸びはじめ、22、3歳まで伸びていくわけですが・・・


大体17、8歳ぐらいでその伸び方が緩やかになり、20歳を過ぎるとほとんど伸びなくなって、ある一定の身長になります。


人間の成長をプロットするとこういう曲線に当てはまるわけです。


<a href="http://www.rakuten.ne.jp/gold/auc-e-seedlings/pentakeep/pentakeepsyoukai.html" target="_blank">ペンタキープ</a>のような樹木が伸びていくのもグラフを書くと同じことになり、生物の成長がこのグラフに当てはまることから、成長曲線といっています。


都市の比率が伸びていく状態も非常にこれによく当てはまるのです。


このグラフに非常に重要な意味を持っている点が一カ所あります。


理論的にいうと、ちょうど全体の50%になる位置で大きな変化が起こり、そこを「変曲点」と言います。


この変曲点より以前の左側を見ると、成長率が毎年前年を上回っているのです。

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>都市産業の時代　2</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/08/2_3.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.265</id>
   
   <published>2011-08-21T05:49:41Z</published>
   <updated>2011-09-08T23:10:09Z</updated>
   
   <summary>第ニ次産業というときには、事務をとっている人も第ニ次産業に含めるのですが・・・ ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[第ニ次産業というときには、事務をとっている人も第ニ次産業に含めるのですが・・・


職業として分けるときは、物をつくっているか、事務をとっているかということでブルーカラーとホワイトカラーとに分けることになります。


日本のホワイトカラーに相当する職業をまとめると、1960年には30%程度でしかなかったのですが、1970年代になると35%ぐらいになって、1980年にはほぼ45%になり、1885年で50%になりました。


このホワイトカラーが、どこで働いているかというと、主要な職場はオフィスです。


もちろん自動車会社は郊外の工場の横にもオフィスを持っていますが、主要なオフィスは全部都心にあります。


オフィスの主要な部分は、基本的には都市に立地しているわけです。


まとめて言えば、ホワイトカラーの職場は都市にあるのです。


<a href="http://www.futboljersey.com/" target="_blank">サッカー ショップ</a>のようなスポーツ用品店もそうですね。


・・・結局、人口、産業、職業がどこに集中しているかを見ると、基本的には都市という場所に過半が集中する状態に至ったということです。

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>メキシコに時間はあるのか　2</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/08/2_7.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.333</id>
   
   <published>2011-08-08T01:37:08Z</published>
   <updated>2011-08-09T23:07:06Z</updated>
   
   <summary>「貧乏だが、おおらかで、その日その日を楽しむすべを知っている彼ら・・・ 生活を底...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[「貧乏だが、おおらかで、その日その日を楽しむすべを知っている彼ら・・・


生活を底抜けに陽気に楽しんでいる乗客・・・


都会の乾ききった生活と、せかせかと激しい仕事に追い立てられて、忘れかけていた何か・・・


暖かい人間のつながり、ほのぼのとした情感、わたしは現代にとっくに消えてしまった何かを、この片田舎を走る汽車の中で見出したような気がした」


・・・と並河氏は書いています。


<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>を持つ私たち日本人は、鉄道には時刻表があって、時刻表どおり運行されるものと思っています。


時刻どおり運営されてこそ近代的交通機関の役割を果たします。


そうでなければ鉄道は鉄道であって鉄道ではありません。


まして機関士が勤務途中で、職場を放棄し、祭りに行って帰ってこないというのでは近代化も工業化もあったものではありません。


厳密な時間による組織的行動が近代化への条件です。


このことは観念的には分かっていても、なおかつその日その日の生活を楽しむメキシコ人・・・。


時間のない国メキシコでは、個人個人の生活はあっても、それが時間による組織化につながらないのです。


]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>メキシコに時間はあるのか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/07/post_17.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.332</id>
   
   <published>2011-07-19T01:35:12Z</published>
   <updated>2011-07-19T23:06:03Z</updated>
   
   <summary>並河氏はメキシコ湾岸から奥地ロドリゲスまで、自動車道路がないので、やむをえず汽車...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[並河氏はメキシコ湾岸から奥地ロドリゲスまで、自動車道路がないので、やむをえず汽車で旅行しました。


汽車は何時間か走ったり、野原に止まったりしながら・・・


突然片田舎の小さな駅に止まったまま動かなくなりました。


何時間も動かないのでどうしたことかと聞いてみると、機関士も助手も機関車や乗客を置いてけぼりにして祭りに行ってしまったといいます。


乗客のなかでイライラしているのは並河氏だけ。


乗客のメキシコ人の若い連中はギターを鳴らし酒を飲んで陽気に祭りを楽しんでいるといった有様・・・。


小鳥の声とともに空がしらじらと明け、祭りに行った連中も、三々五々肩を組みあって千鳥足で戻ってきました。


・・・やがて汽車はごとんとゆれて、のろのろ、よたよたと走りはじめた、というわけです。


<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>を身につけ、いつも時間を気にしているわたしたち日本人の感覚ではちょっと信じられないような話ですよね。



]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>都市産業の時代</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/07/post_12.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.263</id>
   
   <published>2011-07-01T05:46:45Z</published>
   <updated>2011-07-01T23:06:09Z</updated>
   
   <summary>製造業というのは郊外で物をつくり、それを都市へ供給する産業でした。 例外もありま...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[製造業というのは郊外で物をつくり、それを都市へ供給する産業でした。


例外もありますが、基本的にはこれも場所とところが、第三次産業は、例えば商業、サービス業、運輸、通信などが中心ですが、人が集まっているところにないと成立しないのです。


最近でこそ自動卓の普及で郊外の道路沿いに商業も立地しますが、基本的には人が集まっているところにあるのが商業です。


例えばレストランを経営する場合を考えてみても、人がいるところでないとそもそも商売にならないわけです。


今でこそインテリア業界でいうと<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ベッド 通販</a>のような仕事が存在していますが。


・・・ということで、第三次産業の位置する場所は基本的に都市です。


第三次産業とは突き詰めて考えると、都市産業といってもいい産業です。


それが日本の場合、やはり}970年代後半に50%を超えるようになってきたということです。


もう一つは、職業についても1980年代の主役は都市になるのではないかということです。


職業にはさまざまな分類がありますが、ブルーカラーとホワイトカラーとする分け方があります。


例えば、自動車をつくる会社でも職業は2通りに分かれて、工場で自動車をつくる人とオフィスで事務をとる人がありますね。


]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>都市産業の時代</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/06/post_13.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.264</id>
   
   <published>2011-06-13T05:46:45Z</published>
   <updated>2011-06-30T23:08:07Z</updated>
   
   <summary>製造業というのは郊外で物をつくり、それを都市へ供給する産業でした。 例外もありま...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      <![CDATA[製造業というのは郊外で物をつくり、それを都市へ供給する産業でした。


例外もありますが、基本的にはこれも場所とところが、第三次産業は、例えば商業、サービス業、運輸、通信などが中心ですが、人が集まっているところにないと成立しないのです。


最近でこそ自動卓の普及で郊外の道路沿いに商業も立地しますが、基本的には人が集まっているところにあるのが商業です。


例えばレストランを経営する場合を考えてみても、人がいるところでないとそもそも商売にならないわけです。


今でこそインテリア業界でいうと<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ベッド 通販</a>のような仕事が存在していますが。


・・・ということで、第三次産業の位置する場所は基本的に都市です。


第三次産業とは突き詰めて考えると、都市産業といってもいい産業です。


それが日本の場合、やはり}970年代後半に50%を超えるようになってきたということです。


もう一つは、職業についても1980年代の主役は都市になるのではないかということです。


職業にはさまざまな分類がありますが、ブルーカラーとホワイトカラーとする分け方があります。


例えば、自動車をつくる会社でも職業は2通りに分かれて、工場で自動車をつくる人とオフィスで事務をとる人がありますね。


]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>公的機能の危機　5</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/05/5_2.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.244</id>
   
   <published>2011-05-22T05:57:46Z</published>
   <updated>2011-05-24T08:26:11Z</updated>
   
   <summary>米国では、今日、大多数の才能ある諸個人がみずからの能力に見合う効率と報酬の条件で...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      米国では、今日、大多数の才能ある諸個人がみずからの能力に見合う効率と報酬の条件で国家につかえることに同意しています。


そしてラテン諸国では、若い世代が公的な職務をなおざりにして、かれらの教育や能力とは無関係な活動であっても・・・


あるいはかれらの知的関心とされている活動とは無関係な活動であっても、ともかくわずかなりとも実入りのよい活動であればどんなものでも好むようになっています。


そのイデオロギーのもっとも敏感なそれゆえたいていはもっとも隠された部分において、つまり個人的行動をもっとも根底において支える部分において、資本主義は著しく一体化されます。


資本主義の経済的な構想力は、それまで資本主義に逆らってきた諸種の文化的多様性を抹消し続けてきたのです。


資本主義は、みずからをスラブ的気質にまでおし広げ、イスラム世界をも覆いつくさなければなりません。


農村も将来はやはりそうなるでしょう。


しかし、近年お気に入りの自由主義の復活はまた、資本主義の権限にさまざまな限界があることをあらためて見せつけたのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>公的機能の危機　4</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/04/4_2.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.243</id>
   
   <published>2011-04-02T05:56:31Z</published>
   <updated>2011-05-24T08:26:11Z</updated>
   
   <summary>民営化、規制緩和、そして公的エリートの領域と役割を疑問視するさまざまな動きは、公...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      民営化、規制緩和、そして公的エリートの領域と役割を疑問視するさまざまな動きは、公的エリートの職務に対する若い世代の離反をしだいに引き起こすようになりました。


興味ある公的ポストの数が減少し、そのうちのいくつかのポストが「私的なもの」になっただけに・・・


また、公的ポストの私的ポストへの乗り換えがこの機に乗じて私的セクターと公的セクターとの給与をてんびんにかけた「公務員」によっておこなわれただけに、この離反はなおさらでした。


この動きは心理的な変化をともないました。


この心理的な変化は、この動きを動機づけるというよりもたいていはこの動きのアリバイとなったのです。


共同利益のサービスは、かつては尊重されていたにもかかわらず、その価値がますます引き下げられました。


攻撃的な自由主義の復活は貨幣によって導かれ、貨幣へと導かれる活動に正統性をあたえることによってさまざまな亀裂を入れたのですが、この亀裂に向かって若き才能が殺到します。


最近まで、かれらは共同社会に捧げられるサービスの尺度で評価されていたのですが、今日では30歳のときのかれらの個人的財産の額によって評価されています。


かくして68年の世代が扇動し、かきたてた社会主義は、終わりを告げたのです。


それゆえわたしたちはラテン系の諸国とアングロサクソン系の諸国のあいだに最近まで見られたなじみの対比が、いまや奇妙にも、突然に逆転するのを目の当たりにするのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>公的機能の危機　3</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/03/3_2.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.242</id>
   
   <published>2011-03-22T05:55:44Z</published>
   <updated>2011-05-24T08:26:11Z</updated>
   
   <summary>第二の帰結は、公的なエリートに、いいかえれば行政機関と公企業の管理機能にかかわっ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      第二の帰結は、公的なエリートに、いいかえれば行政機関と公企業の管理機能にかかわっています。


行政機関と公企業は、多くの場合国家機構の意思の発現にもっとも効果的に介入する手段でした。


80年代の末は、これらのエリートの職歴の選択に根本的な変化が生じた時期でした。


公的エリートの役割は、かれらの職務が再審に付されるまでは社会的にも経済的にも重要なものであり、またかれらが最高の教育を受けてきただけになおさらそうです。


・・・とりわけフランスの場合がそうですね。


フランスでは、ENA[国立行政学院」が長年のあいだ外国の行政がうらやむ有名なエリート養成機関でした。


しかし、このENAが日本の私企業によって、あるいはむしろ才能を発揮する別の「諸団体」によって、しだいに異議申し立てを受けるようになっています。



      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>公的機能の危機　2</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://iiech37.com/2011/02/2_2.html" />
   <id>tag:iiech37.com,2011://5.241</id>
   
   <published>2011-02-02T06:54:48Z</published>
   <updated>2011-05-24T08:26:11Z</updated>
   
   <summary>一つは、経済的選択における国家の役割の再審理であり、もうひとつは、とりわけヨーロ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iiech37.com/">
      一つは、経済的選択における国家の役割の再審理であり、もうひとつは、とりわけヨーロッパ諸国における国際的な諸機関の役割の増大です。


・・・以上の理由だけでも十分ではありません。


それに加えてさらに公的報酬にとりわけ不利な動向を挙げなければなりません。


公的な報酬は、いたるところで二度の石油ショックから生じたさまざまな調節の犠牲となり、しかも80年代後半の逆石油ショックによる資金供与の恩恵には浴さなかったのです。


この動向に根拠をあたえたのは、雇用安定化に固有な優遇措置であり、国家とその衛星組織の職員に犠牲を強いる必要性であり、あるいは緊縮財政の要請でした。


その結果、私的職務に対する公的職務の相対的所得がいたるところで減少しました。


この動向は、2つの著しい帰結をもたらしたといえます。


一つの帰結は、大量の公的職務の行動に影響を及ぼすものです。


それはつぎのことから明らかです。


つまり正職員は、この傾向を避けがたいと判断し、この傾向をもはやくいとめようとはせずに、この傾向に適応して、労働時間をさらにはただ職場にいるだけの時間を短縮しようとし・・・


あげくの果てにいわゆる副次的な職業をさがし求め、見つけだそうとするようになります。


ただし、副次的職業の本質的な特典は、その闇の性格とりわけ[税金逃れという」税務行政に関するにあります。


したがって公的な職務の比率の増大は、実質的なサービス給付の向上に見合うというよりもむしろ、しだいに社会統合の手段となっていくのです。


      
   </content>
</entry>

</feed>

